本記事は映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』のレビュー・感想になります。
ネタバレを含みます。
本作はジャマイカが生んだ伝説のレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーの音楽伝記です。彼が生きた時代と彼の活動を描きながら、彼が残した楽曲によって現代の私達に人種や国を超えた団結を呼びかけます。
私は彼のことを特別に愛している熱心なファンではありませんが鑑賞中に3回涙を流しました。今なお争いの絶えない地球に生きる私達にも彼のメッセージは刺さるでしょう。
映画としては彼の楽曲に依存している部分が強く、脚本や演出、構成に目を見張るものは無く、ドラマ仕立てで作られたボブ・マーリーのベストアルバムのミュージックビデオという印象にとどまりました。
100点満点中70点としましたが、私のように感化されやすい人にはおすすめです(笑)。涙活にもおすすめの一本です。作品時間が長すぎないことも大変Good。
基本情報
監督:レイナルド・マーカス・グリーン
配給:東和ピクチャーズ
公開日:2024年5月17日
原題:Bob Marley: One Love
作品時間:108分
あらすじ
1976年、カリブ海の小国ジャマイカは独立後の混乱から政情が安定せず、2大政党が対立していた。30歳にして国民的アーティストとなったボブ・マーリーは、その人気を利用しようとする政治闘争に巻き込まれ、同年12月3日に暗殺未遂事件に遭う。2日後、マーリーは怪我をおして「スマイル・ジャマイカ・コンサート」に出演した後、身の安全のためロンドンへ逃れる。名盤「エクソダス」の発表やヨーロッパツアーを経て、世界的スターの階段を駆け上がっていくマーリーだったが、その一方で母国ジャマイカの政情はさらに不安定となり、内戦の危機が迫っていた。
レゲエに疎くても楽しめる
本作はボブ・マーリーの一生ではなく、彼が最も精力的に活動した2年間を約100分の尺で描いています。短くて嬉しいですね(笑)。
彼が生きた時代の社会情勢を見せつつ彼と彼の大切な仲間の生き様が映像化されています。
場面場面に合わせて彼の名曲が挿入されたり、コンサートやセッションのシーンが何度か盛り込まれたりしますが、その際は和訳の歌詞字幕が表示されます。
これらのおかげで時代背景や彼の精神が観客に共有されるので、レゲエに疎い私でもすんなりと彼のメッセージに触れることができました。
私はボブ・マーリーについてSpotifyでたまたま流れてきた『I Shot the Sheriff』しか知らない状態でした。もっと言うと先にエリック・クラプトンがカヴァーしたバージョンを聞いていましたし、失礼な話ですがこの曲はエリック・クラプトンの楽曲だと思っていました(^^; ボブ・マーリーの原曲を事前に教えてくれたSpotifyに感謝。
そんな私でも鑑賞中に3回泣きました。約100分で3回泣いたので、30分に1回泣けます。
私達にストレートに呼びかけるボブ・マーリーの楽曲の歌詞が胸に刺さります。日本に生きる私達には想像もつかない社会で彼が生きていたことを映像で体験しながら聴くと、その明るさと強さの裏にどんな思いがあったのかを想像し、自然と感情移入してしまいました。
『ボヘミアン・ラプソディ』を期待しないように
本作は音楽伝記ということもあって、このジャンル流行の走りである『ボヘミアン・ラプソディ』(公開:2018、監督:ブライアン・シンガー)のような作風を期待する人も多いかと思います。私もそうでした。しかしそのような期待はせずに映画館に向かうことをおすすめします。
『ボヘミアン・ラプソディ』はQUEENのボーカル、フレディ・マーキュリーを軸に彼の音楽生活をデビュー前からドラマティックに描き、ラストは伝説のライブ「ライブ・エイド」を忠実に再現し一気に盛り上がって幕を閉じる作品でした。
一方、本作は開始時点で既にボブ・マーリーはジャマイカのスターとして登場します。彼のバンドの駆け出し時代は彼が時折振り返る過去の回想として出てきますが、下積み時代の苦労はほぼ描かれません。彼の子供時代の音楽との触れ合いは多少顔を出しますが、それらのシーンは彼と彼の妻との馴れ初めを描くためのものです。
ボブ・マーリーが個人で抱える問題やバンド内のいざこざなどはあまりフィーチャーされず、『ボヘミアン・ラプソディ』に比べるとからっとした見せ方になっていました。意図的にそのような脚本にしたのか、あるいは実際にそこまで深刻なできごとが無かったのかはわかりませんが、観客の心を揺さぶる仕事はほとんど楽曲任せになっているように感じました。
彼の哲学を描きつつも彼の人生についてはことさらドラマティックには描かずに淡々とストーリーは進んでいきます。その為、鑑賞後に振り返ってみると、彼のベストアルバムのミュージックビデオ、プロモーションビデオを見ていたような感覚になりました。淡々とした印象を受けるのは題材となっているボブ・マーリー自身のメンタリティによるものかもしれません。彼は苦しい局面に立たされても、周囲の助言などあるにせよ、彼の中で自己解決して前進していき、最善ではないが最悪でもない結果を得ます。
本作はボブ・マーリーの歌詞で私達に直接何かを呼びかけます。ストーリー部分はそれら楽曲を盛り上げるために撮影されたようでした。彼が残したメッセージを彼の楽曲で感じさせることを目的としたのであれば、彼の哲学に触れ彼が生きた時代を共有する程度に留めたシナリオと演出は十分なクオリティに達していたとも思います。
コンサートのシーンも音楽は素晴らしいにもかかわらず、爆発的な盛り上がりはありませんでした。これも『ボヘミアン・ラプソディ』を期待すべきではないポイントになります。『ライブ・エイド』のような圧倒的な一体感を味わうようなシーンは期待してはいけません。映画の題名にも使われている『ONE LOVE』は「そこで流すのか…」と思いましたが、ボブ・マーリーの置き土産というような趣もあり泣いてしまいました。だからあれでよかったような気もします。
コンサート以外にはレコーディング風景やセッションの場面でもボブ達の演奏する姿が登場します。こちらはとても魅力的で、ミュージシャンってかっこいいなあと思わせてくれます。ボブと観客のやり取りよりも、ボブと仲間達の心地よい距離感や空気感を楽しめる作品なので、そっち方面のシーンがもっとあっても良かったかも知れません。その結果作品時間が120分になったとしても良い体験が得られたと思います。
本作を鑑賞する前に知っておくべきキーワード
予備知識無しで鑑賞した私が押さえておいてほしいと思うキーワードは以下の3つです。
- ジャー
- ラスタ
- ラスタファリ
順番は本編中のセリフで登場した順番です。確かこの順で登場し、私は「レゲエをやる黒人にとって大事な『神』とか『同士』みたいなものなんだろな(のほほん)」と思いながら見ていました(^^;
「ラスタファリ」というのはアフリカ黒人達が信仰する宗教的概念です。
第2次世界大戦後、イギリスの植民地となっていたエチオピアは独立し、エチオピア皇帝が返り咲きました。そのエチオピア皇帝の名はハイレ・セラシエ1世(1930年4月に即位)といい、本名を「ラス・タファリ」といいます。ハイレ・セラシエ1世の名は本編にも登場しますが、彼が何者なのかという丁寧な説明まではありません。
エチオピア皇帝が返り咲く前に、黒人指導者のマーカス・ガーヴェイ(1887年〜1940年)という人が、ニューヨークで「世界黒人地位改善協会」を設立し、黒人たちは黒人としての誇りを持ちアフリカに帰還するよう呼びかけていました。その中で「アフリカの王による世界中の植民地解放」「救世主がアフリカ大陸を統一する」「救世主が奴隷として世界中に散らばった黒人たちを約束の地(アフリカ)へと導く」と予言していました。
そうした背景があったため、返り咲いたエチオピア皇帝のことをガーヴェイが予言したアフリカの王として崇拝する人達が現れ、彼等をエチオピア皇帝の本名にちなんで「ラスタファリアン」「ラスタ」と呼ぶようになりました。
ガーヴェイは予言の中で「救世主」「アフリカの王」を「ヤハウェ」と呼びました。この「ヤハウェ」を短縮した言葉が「ジャー」です。つまり「ジャー」とは黒人たちを導く神です。
ちなみにラスタの人達にとって大麻は神聖な植物なので作中でもスパスパ吸いまくります。イギリスの音楽スタッフにも「お前も吸ってみろよ!」とフランクにおすすめします。平和ですね。
アフリカやレゲエの文化について理解してから鑑賞したほうが本作をより楽しめるのは間違いないのですが、上記の3つを押さえておけば十分だと思います。
まっさらな状態で鑑賞した後に調べものをして映画での体験と知識がつながる感覚が楽しむのも良いでしょう。
まとめ
『ボブ・マーリー:ONE LOVE』は現代の私達にも刺さるボブ・マーリーのメッセージを届けてくれる作品です。泣けます。
でも『ボヘミアン・ラプソディ』のようなものを期待するとちょっと肩透かしになってしまいますのでご注意を。
日本人に馴染みのないアフリカやレゲエ文化の知識もちょっぴり必要ですが、視野を広げてみるつもりでこの作品から飛び込んでみることをおすすめします。
最後までお読みいただきありがとうございました!