NHK総合でドラマ『憶えのない殺人』前後編が放送されました。それを観ての感想・レビューです。
目次
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あらすじ
佐治(小林薫)は東京のとある町で駐在員として勤め上げ、現在は一人で暮らしている。
ある日、女の刑事(尾野真千子)が佐治の家にやってきて、過去に彼が逮捕したストーカー常習犯の男が何者かに殺されたことを伝える。話をするうちに自身が殺人容疑をかけられていることに気づいた佐治は自分が殺人を犯すなどありえないと声を荒げる。
後日、佐治は買い物の帰りに駐在所に立ち寄ったがそこには誰もおらず、こんな時に警察は何をしているのかといらだつ。ちょうどそこにやってきた顔馴染みの住民から、駐在所は佐治が定年退職してすぐに廃止され、現在は消防団の集まりで使わせてもらっていると聞かされる。
これにひどく困惑した佐治はかかりつけの病院で認知症のテストを受けることとなる。結果は「認知症の兆候あり」だったが、彼はそれを受け入れようとしない。
そんな佐治だったが、症状が日に日にひどくなるにつれて自分自身を疑い始める。まさか本当に自分が人を殺したのだろうか? 大きな不安に駆られながら佐治は真相を追い始める。
率直な感想:おもしろくもあり、世知辛くもあり…
シンプルにおもしろかったです。全体的に落ち着いたトーンで過剰な演出もなく見やすかったですね。ドキドキハラハラしながら観るというよりは腰を据えてじっくりと事の顛末を見守るような作品でした。
佐治が認知症の症状のせいで周囲に迷惑をかけるところなんかは本当に迷惑老人という感じなんですが、もともとはみんなから慕われているし普段はまじめで温厚な人物として描かれているので、見ていて強く嫌悪感を覚えることはありませんでした。
ただ、それ故に佐治が戸惑いながらジワジワと追い込まれていく様子を見るのがつらかったです。小林薫さんの演技も相まって気の毒になってくるほどでした。
本作には現代における社会問題がいくつも出てきまして、認知症、当人の苦しみ、周囲の負担、高齢者の孤立、ストーカーに対する警察の対応、強い処罰感情、冤罪被害……挙げれば他にもあると思います。
改めてこうやって挙げてみるとひとつひとつが重たいですね。ただ、これらの要素がドラマの中でつながって描かれても、見てる最中は特段無理筋とも思わずにすんなり視聴できました。
それはやっぱり、こうした問題がそれだけ身近で、「言われてみると確かにそうだな」とか「最悪こういうケースもあるよな」とイメージできる距離感にあるという証拠だと思います。嫌な世の中だなあ。
認知症という題材を活かした挑戦的作品
物語を構成する要素の中で核となるものはやはり認知症でしょう。登場人物が自分自身に不信感を抱くようになる要因として用いられています。
えてしてハートフルな展開を背負わされがちな認知症という題材がストーリーに緊張感を生み出しています。見ていて新鮮な感じがすると同時になかなか挑戦的な試みだと思いました。
私のイメージでは、そういった「オレはどうしてしまったんだ?」とか「オレは一体何をしてしまったんだ?」という方向に話を持っていく場合、過去の作品では記憶喪失やSF的なカラクリがよく使われてきたように思います。
本作は認知症にそのポジションを与えることで、社会派要素にとどめることなく、エンターテインメント的性質を付与させています。
また、認知症がストーリーを組み立てるピースのひとつとして扱われるだけでなく、その症状の描写でもって視聴者に驚きを与える手段としても活かされていて、お見事でした。
佐治の認知能力の低下を繰り返し繰り返し描いて、見る側の佐治への信用を下げることで伏線がかなりカモフラージュされています。
私はすっかり術中にハマりました。見ていた方、あなたはどうだったでしょうか?
社会問題は消費されてきた
エンタメ作品における病気や障害の扱いは時代とともに変わってきました。
かつてのテレビドラマや漫画では、視覚障害や聴覚障害は愛で乗り越える壁として利用されていました。車イスも同様です。
私が子供の頃に触れていた作品に登場する「植物人間」の女性は、夫婦の愛をドラマティックにするための存在でした。現在その作品は地上波で再放送されなくなりました。
最近ではこうした扱いの新鮮味が薄れてきたのか、自閉症や発達障害の中からサヴァン症候群のようなレアケースを持ち出し、クセの強い超人として扱う作品がある時期から増えたように思います。
そうやってエンタメで取り上げることで世間の認知度が向上する効果はあると思うのですが、演技が過剰すぎたりすると「なんか流行りに乗っかってるなあ」と私なんかは思ってしまいます。
消費せずに「人」を描く
本作も社会問題と化している高齢者の認知症を取り上げて、作品をおもしろくするために利用しているという点では同じわけですが、ひたすら泣ける話に持っていくでもなく特殊な能力を持ち出すでもなく、いい温度感になっていたと思います。
これは、このドラマが「認知症とはどんなものか」というよりは「認知症になってしまった佐治」を描いているからでしょうね。真面目であり真面目さ故に苦しむ、日本人がなんだかんだ共感してしまう老人の喜怒哀楽をたっぷりと見せますし、彼の過去も含めて人生をしっかり見せます。
そうやって佐治は私たちと同じ普通の人であるというスタンスがあるおかげで、認知症を「ドラマをおもしろくするネタ」としか見ていない感じ、言い換えれば、美味しいとこだけつまみ食いしている感じがしませんでした。
それから、作中で尾野真千子さん演じる刑事が第一容疑者である佐治に対して認知症を理由に強く迫り自供させようとします。昨今取り沙汰されている冤罪事件にインスパイアされたのだと思います。
この冤罪未遂というクッションが入ることで、認知症に対する世間の無理解を批判しながらも、見ている私たちを一方的に責めるような説教臭さを感じさせない構成になっています。
一方で、この刑事は刑事で、仕事に熱心で、佐治との出会いをきっかけに決意を新たにする人の心を持った存在として描かれています。そのおかげで見ている最中に警察組織や刑事という職業への偏見が煽られるような感じもせず、見やすくなっていました。
作中では彼女の家族構成や働き方がさり気なくも頻繁に描かれています。忙しい日常と激務に追われているこの刑事は、現代に飲み込まれた私たちの象徴として描かれているんじゃないかと思えました。
また、本作はストレートな啓蒙性も持ち合わせていますが、やり方はかなりスマートな印象がしました。
橋本じゅんさん演じる医師の口から「刑事さん、認知症の患者さんにも理性はあるんです」というようなことを言わせています。よく考えれば当たり前のことでありながら胸に来るものがありました。
この医師は佐治とは町内の付き合いで顔見知りでもあり、問題を起こした佐治と警察との話し合いの場にも自ら同席するような人物です。そういう人が言うもんですから、すごく気持ちのこもった訴えに聞こえました。
彼は本作の中でも最も理想的で、崇高な信念を持った啓蒙的な役割を背負った登場人物なわけですが、そのふるまいのおかげで浮ついた白々しさを感じさせませんでした。いいことはいい人が言って初めて素直に聞けますね。
まとめ
NHKドラマ『憶えのない殺人』はじっくり見るタイプの社会派ドラマでした。重い要素がいくつも散りばめられていながら自然に入り込めるのは、それだけ現代の問題が私たちに身近であるが故でしょう。
物語の鍵となる認知症がストーリーに緊張感を生み出しています。過去の作品で記憶喪失やSF的なカラクリが担ってきた役割を認知症にやらせることで、社会派要素にとどめることなくエンターテインメント的性質を持たせるという挑戦的な試みでドラマが制作されています。
これまでドラマを盛り上げるために消費されてきた病気や障害と同様に、本作も認知症をキャッチーな要素として利用しています。しかし本作は、認知症になってしまった主人公にもそれまでの人生があり、彼は私たちと変わらない存在であるというスタンスで撮られているため、「ドラマのネタ」として消費している印象はしませんでした。
主要な登場人物を何らかの役割として消費するのではなく「人」として描いています。それによって作中のメッセージの説教臭さが薄まり、偏見を煽らない配慮にもなっていることから、バランス感覚に優れたスマートなドラマという印象を持ちました。
視聴方法
視聴はこちらから
www.web.nhk
www.nhk-ondemand.jp
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