自分で鳥山明っぽいキャラを描いてみようと思い立ち、改めて『Dr.スランプ』を読み返したらメカがうますぎて笑ってしまった。なぜメカがうますぎて笑えてしまうのか、なぜ鳥山明のうまいメカの絵に私は笑ってしまったのかについての考察をせねばならぬと思った。
目次
- 趣味で生成AIなんか使うな(暴論)
- スピードガンくんのモデルはタイムくん
- メカがうますぎて笑ってしまう
- 考えうるギャグをいくつか挙げてみた
- なぜ鳥山おじっさはお春ばあさんを二足歩行マシーンに乗せたのか
- なぜ鳥山明のギャグで絵のうまさを感じてしまったのか
- あなたも試しに絵を描いてみたらわかるかも
趣味で生成AIなんか使うな(暴論)
先日、MLBのマイル表記の話をブログに書いた。
その中でGeminiに生成してもらったスピードガンのゆるキャラみたいなものを載せたのだが、せっかくだから自分で描いてみようと思い自分で描いてみた。
「せっかくだから」というのは、趣味のブログなのだから生成AIに頼ることなく効率性重視の現代的価値観の外にいようじゃないか、ということである。自分の発想(ここでは「スピードガンのキャラがいたらどんなかな」という問い)を自分なりに自分の手で形にすることが現代人には必要なんとちゃいます?(土井善晴イズム)
スピードガンくんのモデルはタイムくん
で、描いてみたのがこちらの「スピードガンくん」(仮称)である。

手に持って使う時のことを考えて、脚がしまえるくぼみがあるぞ。
見ての通り鳥山明先生リスペクトである。具体的には『Dr.スランプ』に登場する「タイムくん」等のかわいいメカの稚拙なオマージュだ。
ちなみにタイムくんはアナログ時計とストップウォッチを混ぜ合わせたような見た目をしたキャラクターである。詳しくは画像検索してほしい。彼は過去・未来に向けて(ある程度)自由に移動できるタイムマシーンの一部である。「一部」とするのは、彼単体ではタイムマシーンとしては不完全であり、セットでツンツル板(つるつると滑る板)を必要とするためである。
タイムくんに移動先の年代をセットし、タイムくんがツンツル板の上で滑って転ぶとツンツル板の上に乗っている人はその時代に移動できてしまう。また、この手順は「滑って転ぶ」とタイムスリップの「スリップ」がかかっていて、めちゃんこおもしろいギャグにもなっているのだ! 驚いたか、Z世代!
メカがうますぎて笑ってしまう
で、このスピードガンくんを描くにあたって鳥山明のエッセンスを少しでも吸収しようと思い、自宅にある『Dr.スランプ』の単行本を手に取ったら勢いがついてテキトーに選んだ単行本から一気に2巻分も読んでしまった。ちょうどターボくん(則巻千兵衛と山吹みどり夫妻の長男)が生まれるあたりの話だったので私も千兵衛さんと同じ「みーどりちゃーん みーどりちゃーん かっわいーいなー♪」という気持ちで読んでしまった。
その中で彼のメカのうまさに笑ってしまう場面があった。それはちょうどターボくんが生まれる回(単行本第14巻「おぎゃーはまだか?の巻」)に登場する。
産気づいたみどり先生のためにアラレちゃんが産婆のお春ばあさんに電話をかけようとするのだが、アラレちゃんは電話番号がわからないので家の固定電話の受話器のコードを引きちぎってお春ばあさんのもとまでキーンと走る。お春ばあさんが営む個人商店「たばこと産婆」に着いたアラレちゃんは「ジリリーン ジリリーン お春ばあさん 電話だよー」とお春ばあさんに呼びかける。お春ばあさんは「もしもし わしゃお春じゃ」と電話に出て、受話器を顔に当てたアラレちゃんからみどり先生が産気づいたことを直接聞かされる。そしてお春ばあさんはスターウォーズに出てきそうな二足歩行マシーンに乗って「ガッチャン ガッチャン」と歩いて則巻千兵衛の家へと向かうのだった。
この「則巻家へ向かうお春ばあさんが二足歩行マシーンに乗る」というギャグの二足歩行マシーンがうますぎて私は思わず笑ってしまったのだ。描き込みが異常というわけでもないが圧倒的にうまい。サラリとやってのけている。
考えうるギャグをいくつか挙げてみた
「お婆さんが急いで則巻家へ向かう」という場面でのギャグはいくつか考えられる。
- 徒歩(急いでない)
- 早歩き(どうせならもっと急いでほしい)
- 息も切らさず全力疾走(お婆さんなのにすごい)
- 常識的な移動手段(ナウくてかっくいいアメ車なのか、ボロボロの自転車なのか、乗るものによりボケのバリエーションあり)
- 動物を利用する(ペンギン村の田舎っぽさや謎の生態系を活かす。牛に乗る、犬ぞり、巨大な鳥の背中に乗る…等々)
- スターウォーズ風の二足歩行マシーンに乗る
これだけ挙げてみたが、鳥山明ならもっと全然違うことを考えていたであろう。あるいは二足歩行マシーン以外には何も考えなかったかも知れない。いずれにせよ彼はお春ばあさんをスターウォーズ風の二足歩行マシーンに乗せることを選んだのだ。
これに対して読者は「おばあちゃんがそんなの乗らないだろ!」とか「スターウォーズかよ!」といったツッコミを入れるべきである。しかし私は「それはそうとして、メカがうますぎだろ…」という視点でツッコんで笑ってしまった。
なぜ鳥山おじっさはお春ばあさんを二足歩行マシーンに乗せたのか
なぜお春ばあさんは二足歩行マシーンで則巻家へ向かったのか。それはスターウォーズが当時の鳥山明の中で最先端の流行だったからに違いない。
というのも、則巻千兵衛が妻みどりの妊娠をペンギン村の住民達に知らせる回で反重力スクーターを乗り回すのだが、そのスクーターが大きく描かれるコマ(単行本第14巻 P.160 1コマ目)で「ウ~ム そうとうスターウォーズに影響されているな…」と自らを漫画に登場させて自虐的にツッコミを入れているのだ。
同様にお春ばあさんの二足歩行マシーンも好きだから描いた、遊びで描いたにすぎないと私は推測する。その熱量と元来持ち合わせた技量によって鳥山明お得意のくだらないギャグがバカバカしさを増し、同時に私の中では脇に追いやられてしまった。それほどのインパクトがこの二足歩行マシーンにあったのだ。
なぜ鳥山明のギャグで絵のうまさを感じてしまったのか
ところが一方で、くだらないギャグだからこそ彼の絵のうまさ、とりわけメカに対するこだわりが引き立つことになり、私に対して強い印象を残したこともまた事実である。他の場面でも彼は気合いの入った宇宙船や自動車などを描いているが、それは状況説明や日常のひとコマとして描かれているケースが多いため読む側としてはサラッと流してしまうのだ。
急に絵のタッチを変えたりリアルな描き込みを増やすことをギャグにしている漫画家は多いが、ギャグを繰り出すことによって絵のうまさを再認識させてくる漫画家というのはそうそういない。なぜ彼の絵ではそんなことが起きるのだろうか。
思うに、先にも書いたとおりギャグの絵の中に鳥山明の「好き」が込められているからだろう。遊び心が強いのだ。しかし彼も伝説の編集者 鳥嶋さんのもとで鍛えられたプロの漫画家なので原稿用紙に向き合う気持ちは本気なのだ。そうであってほしい。美しくかっこよく読者の目を引く仕事をせねばならない。
だからといって淡々と労働としてこなすことには耐えられないので遊ぶ。こうして彼の絵から滲み出る「本気だけど遊ぶ、遊ぶけど本気」という仕事への姿勢が、私のような絵の素人にもそのすごみを感じさせ、時には笑わせてしまうのではないだろうか。
「本気だけど遊ぶ、遊ぶけど本気」という相反するふたつの要素が共存するアンビバレントな様相は彼の絵柄そのものにも見られる。それが彼の絵の魅力だろう。カッコイイのにカワイイ、洗練されているのにゆるい、デフォルメしているのにリアリティが宿っている…。
普通の一流漫画家ではできないことをさりげなくやってのけてしまう。しかも週刊連載で。これはもう彼個人が天才とか努力の人とかそういう次元の話ではない、周囲の人々の存在や当時の文化、さまざまなめぐりあわせによって生まれた奇跡なのかも知れない。
あなたも試しに絵を描いてみたらわかるかも
ひとコマのギャグに対するこうしたおもしろがり方は「絵がうまい/ヘタ」とか「漫画のプロを目指す/趣味で描く」とかの区別と関係無く、ある程度自分なりに本気で絵を描いたことがある人ならではかもしれない。「これだけのためにここまで描くのか!」という感服の念を抱くと同時に、その技術と情熱に対して「もうお手上げだよ」と笑うしかないのである。
これは「ここぞ」という時に大谷翔平が変なコースの球を捉えて完璧なホームランを放つのを見たときの気持ちに似ているかもしれない。野球経験が無い人は是非バッティングセンターに行って打席に立ってみてほしい。あんなバッティングは自分にはできないことを身をもって知るだろう。その上、他の一流日本人プレイヤーでも同じことはとうていできない。だから大谷翔平のバッティングには呆気にとられてしまうのである。
うーん、やはり鳥山明とは恐ろしい漫画家である。