ゴールデンウィークだし映画を観ようということでNetflixで配信が始まった『新幹線大爆破』を鑑賞した。その感想を書いていくが、ネタバレがあるので気をつけてほしい。
基本的に文句ばかり言っているが、魅力的な部分があるからこそなのだ。劇中の言葉を借りれば「シナジー高めましょうよ!」だったのである。
- 最後まで観たくなってしまうふたつの魅力
- 不自然なまでにバリエーション豊かな搭乗者
- 最後に新幹線に残るメンバーに意味が無い
- お約束のテロップ演出はJR職員にはやや過剰
- メガネの男が浮いていた
- 映像クオリティは高いがハチャメチャさが物足りない
- 前作ありきのネタは効果的だったのか
- あとがき
最後まで観たくなってしまうふたつの魅力
私は2時間ほどある本作を一回の休憩を挟みつつサクッと観切ってしまった。拘束力のない家で私がダラダラせずに映画を観るのはまれである。
本作のキャッチーなポイントはなんといっても「新幹線に爆弾が仕掛けられた」という設定である。
「被害者を出さずにこの難局をどう乗り切るのか」、「新幹線はどうなってしまうのか」、本作はそういった強い「引き」を持っている。「この事態をどうやって収めるのか」という目線で最後まで観たくなってしまう。
「新幹線に爆弾が仕掛けられた」という設定にはそれだけのパワーがある。
また、本作は映像もその「引き」を維持し増幅する力を持っていた。
本作は映像的な見せ場としてあの手この手の救出作戦が作中で何度か立案・実行される。それらは、特撮とアニメで培われた樋口真嗣監督のセンスとSFX・VFXスタッフの尽力によって、見事な仕上がりになっている。
ひとまず作戦第一弾はうまくいった。しかし仕掛けられた爆弾の威力を目の当たりにする。まだまだ気は抜けない、東京は着々と近づいている、さらなる手を打たなければならない。一難去ってまた一難、どうなる、どうなる…。
この緊迫感は生半可な映像では生み出すことができないが、本作の映像はそれを成し遂げていた。
以下、文句ばかりを書く。
不自然なまでにバリエーション豊かな搭乗者
爆弾を仕掛けられた新幹線「はやぶさ」には多くの一般市民とキーパーソン(にしたいであろう人物)が乗っている。だが、それらの人々は基本的に無意味に露悪的な行動をとるので見ていて不快感しか残さない。
- 迷惑系YouTuber
- 地下アイドル
- 投資系インフルエンサー(オチに関わる。なおたいしてオチていない)
- ママ活政治家(ママ活している設定に意味は無い)
- 政治家の秘書(急に政治に熱くなる)
- 修学旅行生達(おそらく偏差値が低い共学)
- 生徒たちの担任教師(一番不憫な人)
- 電気工事士のおじさん(この人がいなかったらどうしたんだ)
- やけに怪しい男(席運が無い)
パニック映画にありがちな足を引っ張って主人公を困らせる展開のために彼らは存在している。一般的なパニック映画ならそういう人間は順番に死んでいくのだが、新幹線の中で一人ずつ殺したりはできないし、犯人がとりあえず8号車だけ爆破するといった器用なこともできない(一ヶ所でも爆破したら脱線しちゃうし)のでストレスがたまるだけの存在だった。
助かったと思ったら裏をかかれてやっぱり死ぬという展開を用意して犯人をとことん悪党に仕立ててもいいのに。『ガメラ3』(1999)の頃の樋口真嗣監督ならそうしたのではないか。丸くなったものだ。
最後に新幹線に残るメンバーに意味が無い
上記の搭乗者のうち、何名かが最後まで新幹線に残り運命を共にする。しかし、なんとなく乗客にバリエーションを出すためにあれこれ属性を増やして有名俳優をキャスティングしてしまったから残したようにしか思えない。かなりほったらかしになっている運転士の松本(のん)も話題集めのために出演させたように思えてしまう。
結局のところ新幹線の爆破による被害を最小限にできるかできないかは司令本部の人間たちのひらめき次第なところがあり、現場には主人公の車掌(草彅剛)だけが自己犠牲で残れば良かったんじゃないだろうか。私は「もっと草彅剛を活躍させろ!」と思ってしまった。
お約束のテロップ演出はJR職員にはやや過剰
本作で描かれたJR職員たちの姿は日本の誇りとして世界にアピールできる。現場では車掌の高市(草彅剛)、総合指令所では総括指令長の笠置(斎藤工)を中心にして全員が懸命に職務を全うする。
そんな人々を描く際に『シン・ゴジラ』(2016)や『シン・ウルトラマン』(2022)同様に役職名と人名のテロップを画面上に出しまくるという演出が用いられている。他にも「東京まで残り何km」といった状況説明を目的としたテロップも出される。
この演出を取り入れているせいでJR職員たちを自衛隊や巨大不明生物統合対策本部(巨災対)、禍威獣特設対策室専従班(禍特対)と比べてしまう。比べてみるとJR職員たちはいささか地味だ。やっていることはまさしくプロフェッショナル、非常事態に冷静に迅速に機転を利かせて対応しているが、過剰なテロップ演出は上滑りしている。
上滑りの理由として、まず、このテロップ演出には既に新鮮味が無いということが言える。そもそもこのテロップ演出は『シン・ゴジラ』において「あらゆるものを長かろうが難しかろうがテロップで説明しまくる」姿勢がおもしろがられたわけで、中途半端なことをやってはいけない。
さらに、鉄道オタクでもない限りは彼らの役職にピンと来ない。普段どのような業務についているのか知らないし、そもそもそういう役職があることすら知らない。『シン・ゴジラ』の「○○大臣」や「○○知事」に比べると、かなり絞った層に向けた演出になってしまっている。裏を返せば鉄道オタクの人は「おお!」と盛り上がるポイントだったかも知れない。
メガネの男が浮いていた
政府からJR指令室に派遣されてくる総理補佐官としてメガネの男(田村健太郎)が登場する。このメガネの男はわかりやすく憎たらしい人間として現れ、小物然として振舞う。ひたすら政府の伝書鳩(それが彼の職務なのだが)として笠置(斎藤工)や捜査に当たる刑事たちの邪魔をする。
ところが突然心を入れ替えてJR側に立ち政府に盾を突くようになる。特に成果はない。もう少し物静かな堅物として描けば良いものの、小物っぽさが鼻についてしまって改心する展開になんの感動も抱けなかった。
小物キャラのわりにこのメガネの男は重要人物かのようにしょっちゅうカメラで抜かれているので違和感が大きかった。この俳優は芸能事務所から異様にプッシュされたりしているのだろうかと邪推してしまった。
樋口真嗣監督はそういう力に「まあいいか」という感じに流されるタイプ、よく言えば懐が深いタイプなのだろうか。『シン・ウルトラマン』のときの滝くん(有岡大貴)も禍特対メンバーの中で明らかに役者の格が低かったように思う(ただ、滝は良いキャラだし演者はハマっていたと思う)。
映像クオリティは高いがハチャメチャさが物足りない
新幹線は何度か爆発し、それを描くCGとミニチュアを駆使した映像には迫力がある。乗客を救うための作戦遂行場面も非常にスリルがあり見応えがあった。
しかしJR東日本全面協力ということもあり、見ている内に「基本的に人名は救われるのだな」という目線で見るようになってしまった。ラストの盛り上がり、主人公たちが生きるか死ぬかという場面もただひたすらじっと衝撃に耐えるだけなので絵的に地味だった(新幹線の暴れっぷりは見事だった)。
どうせなら並走する新幹線に主人公が乗り移るようなハチャメチャなクライマックスが見たかった。映画のラスト、テンションがマックスになる場面で「そんなのありか!?」というような破天荒な展開が来てもクオリティさえ保っていれば心を持っていかれるものだ。『シン・ゴジラ』もそうだった。アクションをやらせるにあたって草彅剛ではなくV6の岡田准一が主人公でも良さそうだ。あの岡田くんならトム・クルーズばりのアクションに説得力を持たせられるのではないだろうか。
前作ありきのネタは効果的だったのか
本作には前作1975年公開の『新幹線大爆破』に絡めたネタが仕込まれていた。その仕込み具合はリブート作品としての小ネタではなく、本作が前作ありきの作品と言えるような仕込みになっている。
私は前作を見ておらず少し置いてきぼりの感があった。もっと素直なリブート作品として楽しませてほしかったというのが正直な気持ちである。前作を視聴済みの人はどう思っただろうか。「なるほど、そうきたか」と感心する人もいれば「変に絡めなくていいのに」と思う人もいるだろう。
この仕込みは「前作を観ていればもっと楽しい」タイプの試みなのだろうが、本編中盤で前作ネタについてやけに丁寧にあれこれ説明してしまったことで、深みのないファンサービスになってしまっていた。そんなところよりも、今回の犯人がいかに計画を立ていかに爆弾をしかけたのかを練り込み、説得力のある令和の新幹線ジャックを描いてほしかった。
前作を絡めるにしても作中でハッキリと明言するのではなく「わかる人にはわかる」レベルに落とし込んでも良かったかも知れない。そうすればSNS等でもっと持ち上げられたのではないだろうか。
あとがき
あれこれネガティブなことを書いてしまったが、興味を持った人には是非本作を観てほしい。偉そうな言い方になるが、本作はスリルパニックとしていい線行っている。余計な足し算をせずにこの作品ならではの強みを伸ばしてほしかった。そして90分くらいにまとめてほしかった。
私が書いた不満点がたいして気にならない、あるいは読んでみて期待がほどほどに収まってから視聴した人にとっては、おそらく本作はマンマン満足のいく一本になることだろう。
