エノモ七十五のつれづれblog

映画やゲーム、食べ物のレビュー・感想を中心に書いてます。ランサーズにてお仕事募集しております。

【募集】“それな”に抵抗があるけど使いたいおじさん

今日、言いかけた“それな”を飲み込んだ。30代半ばのおっさんが“それな”を使うのはどうなんだと思ってしまうのだ。

白ギャルとおじさんが楽しく話すテレビを見る成人男性。Geminiで生成。Geminiは指示を無視するのでかなり疲れる…。ひどいときは成人男性はテレビの背面を見つめていた。

急増する“それな”ユーザー

“それな”は同意や共感を示す若者言葉であることは言うまでもない。10代後半から20代中盤の女性がよく使っている印象だ。

この言葉が世に出る以前は、若者達も我々と同じように“わかる〜”とか“だよね~”とか“そーそー”などと言っていたと私は記憶している。しかしここ2〜3年で“それな”は若者を中心に支持を集め同意・共感を示す言葉の勢力図は大きく変わった。

“それな”は関西弁

そもそも“それな”は関西弁である。2年くらい前だったと思うが、テレビで漫才師「海原やすよ ともこ」の姉・ともこが次のようなことを言っていた。

海原ともこ

最近大阪以外の子も使ってるやろ?

“それな”のイントネーションがちゃうねん。

大阪は“それな”(「れ」で少し上がって「な」で下がる)やけど、東京の子は“それな”(「な」で上がる)って言うねん。

なんかかっこつけてない? “それな”(キリッ)って感じで。

ともこは動きも交えて東京の若者言葉“それな”をイジってボケていた。私の書き方は余計な脚色をしている可能性が大なので間違っていたら申し訳ない。

マウントセンサーに反応あり

私が“それな”の使用をためらう理由は自身の年齢だけでなく、初めてこの言葉を耳にしたときにマウントのにおいを感じたからだ。

「私も前から思ってましたよ」

「実は私のほうが先に気がついてましたよ」

こうしたニュアンスが“それな”には込められているように私には聞こえたのだ。“それな”がマウント気味に聞こえる理由は、私が思うにふたつある。

イントネーション

ひとつは、そのイントネーションだ。ともこさんが言うようにどこかかっこつけたような、澄ました言い方だ。これは“それな”のイントネーションが“それね”と一緒だからかもしれない。“ああ、それね”と鼻で笑う感じだ。

「~な」という語尾

ふたつめは、“それな”の「~な」という語尾。「~な」は上の立場から下の人間に対して指示や命令をする際に使われる語尾だ。いつまでも寝ない子供に対して親は「早く寝な」と言うし、タランティーノ監督の『キル・ビル』ではルーシー・リューが部下に対して「ヤッチマイナー」と言っていたし、ダレノガレ明美もテレビのドッキリ企画で態度が悪いADに対して「タメ口やめな~」と言っていた。

これは私によくある考えすぎだが、現代に生まれた“それな”に何かと上下をつけたがる時代の空気が少なからず反映されているのではないだろうか、と思ってしまう。

そう、私は上下関係を気にしている。でもしょうがないじゃないか、儒教の影響色濃い日本で育ったのだから。私を器の小さな男と罵る人は孔子の目を見て同じことが言えますか? ハム太郎の友達じゃないんだぜ。

ゆうちゃみの“それな”

ただ、最近は私が感じていた“それな”から漂うマウントのにおいもだいぶ薄れてきたように感じている。もう誰もかれも様々なシーンで“それな”を使っているので私の耳にも馴染んできたようだ。私が母に対して思わず使いたくなってしまったのも、“それな”が耳に馴染みすぎて他の共感の言葉を上書きしてしまったからかもしれない。

テレビでも“それな”をナチュラルに使うタレントが増えてきた。まあ、だいたいギャルタレントになるわけだが、同じギャルでもちょっと年の差があると違ってくる。みちょぱは使わないけどゆうちゃみは使うのだ。

2024年の暮れに『陣内智則のニッポンの酒』という番組が放送されていた。その中で、VTRを観てコメントをした漫才コンビ銀シャリ」の橋本に向かって関西出身のゆうちゃみが関東のイントネーションで「それな!」と返していた。

橋本のイイトコついたコメントがゆうちゃみの心に刺さったのだろう。これを受けて橋本は、確か次のように返して笑いを誘っていた。

銀シャリ橋本:

一瞬「オレゆうちゃみの後輩やったかな?」思ってしまった(笑)

全然ええねんけど(笑)

youtu.be

それ見たことか、銀シャリ橋本だって上下関係を気にしているじゃないか! …というのはもう置いといて、この放送を見た瞬間私の中で“それな”の受け止め方が少し変わったのを覚えている。

“それな”に罪無し

ゆうちゃみの“それな”は、傍から聞いていて違和感を覚えはするものの、橋本さんが言うように「全然ええ」感じがしたのだ。これは言葉を発したゆうちゃみの人柄や言われた橋本さんのさばき方、アルコールを扱う年末のゆるい特番という要素が奇跡的に重なったからに違いない。

ゆうちゃみの“それな”にはマウントの意図は込められていなかったように思う。それは単純に相手に対するオープンな姿勢が“それな”という言葉で表に出ただけのように見受けられた。

この番組はスタジオで全国の銘酒を飲みながら収録するスタイルだったので、軽く酔いが回った結果ゆうちゃみもつい口に出してしまったのだろう。酒の効能としてよく言われるリラックスして開放的になる力が、「できるだけちゃんとせえへんと」というゆうちゃみの心を少しだけほどいたのである。たぶん。ボケとして狙って言ったのではない、真心からの“それな”なのだ。

この放送を見て以来私は、“それな”という言葉を表面的に捉え拒絶するようなことはもう二度とすまい、と神に誓った。ここで言う“神”とはゆうちゃみのことである。

最後の壁は自意識

要は“それな”という言葉も使い方次第なのである。“それな”はハサミであり、原子力なのだ。誰が使うかという話ではない。が、ゆうちゃみから“それな”と言われたいか言われたくないかでいえば、言われたい。

という訳で、今や私の心の“それな”の壁は「30代半ばの自分なんぞが」という自意識だけである。この自意識に縛られたまま“それな”を使ったところで、言いこなせるはずもない。その場の空気をおかしくしてしまうだろう。

頭に浮かんだ“それな”を飲み込み、壁の前に立ちすくむ私のようなおじさんが全国にたくさんいるのではないだろうか。この壁はベルリンの壁よろしくたった一人で崩すことはできない。

おじさんたちよ、力を合わせよう。壁によじ登り、ツルハシを振り下ろそうではないか。

私と一緒にツルハシを振り下ろしたいおじさんはメールください。では、さようなら。

おじさんと会話を楽しむギャルをテレビで見てハッとさせられる成人男性。ChatGPTで生成。ChatGPTにとってのギャルは漫画に出てくる日焼け女子高生に偏っているらしく、かなり怪しい関係性のギャルとおじさんになってしまった。